駒井家住宅(駒井卓・静江記念館) 昭和初期の洋風住宅
平成29年の秋に訪れました。「駒井家住宅」は、北白川の疎水沿いにあります。仕事の関係で以前はこの疎水沿いの道をよく歩いていました。一回、中を見てみたいと思いながらも、なかなか訪問の機会がなく、前を通るだけだったのですが、今回念願の初訪問となりました。
私は建築に疎いので、設計したW.M.ヴォーリズのことはよく知りませんが、近江八幡を訪れたときに、多くのヴォーリズ建築を見てファンになりました。
京都に帰ってみると、あの「東華菜館」もヴォーリズの設計だったと知ってびっくり。小さいころからよく前を通っていて、なんか雰囲気の違う建物だなと感心していたことを思い出しました。幼少のころは中華のお店なので、中国風の建築なのかと思ってましたよ。
ま、そんなどうでもいいことはさておき、今回訪れたのは、京都市左京区北白川伊織町にある「駒井家住宅(駒井卓・静江記念館)」です。昭和2年(1927年)の建築で、ヴォーリズ円熟期の代表的な住宅建築です。疎水分線沿いの静かな住宅街の中にあります。みなさんにも、ぜひとも訪れていただきたい建築です。
現在は「公益財団法人日本ナショナルトラスト(JNT)」が管理し、ボランティアさんたちが運営しています。京都市指定有形文化財に登録されています。
【 駒井家住宅(駒井卓・静江記念館)】
【一般公開】毎週金曜日・土曜日
*夏季休館(7月第3週から8月末)・冬季休館(12月第3週から2月末)
*2017年冬季休館: 2017年12月10日(日)~2018年3月1日(木)
【公開時間】午前10時~午後4時 *受付は午後3時まで
【入館料(維持修復協力金)】 一般:500円 中高校生:200円 小学生以下:無料 *保護者同伴
上記のように、公開されている期間が限られています。また、現在は金曜日と土曜日のみの公開なので、くれぐれもお間違いのないようにお願いします。
秋晴れの京都
京都市バス204系統で行きました。「伊織町」のバス停でおります。循環系統のバスが、こんな細い道を走ってるんですね。
この辺りは、昔は古い住宅が多かったのですが、けっこう様変わりしていて、ワンルームマンションが多くなってます。今日は秋晴れで、とってもいい天気になりました。ぽかぽかと温かく、気持ちが和みます。
「伊織町」のバス停から少し東側に、疎水分線が流れています。疎水の東側の道を、疎水に沿って南へ歩くと「駒井家住宅」です。
疎水沿いの道です。車止めの向こう側が「駒井家住宅」です。
疎水の反対側(西側)から写真を撮りました。
とっても美しい。昭和2年の建築とは思えない近代感があります。
建物の向こう側の庭が見えてますね。その緑がとてもきれいです。
門柱の表札です。
午前10時からの開館なので、そろそろお邪魔しましょう。門を開けて中に入ります。
こちらは勝手口です。表の疎水分線沿いの道は落ち葉がとても多く、ボランティアさんが掃除されてました。とっても大変そうです。
玄関
まずは玄関前に立ちます。立派ですねぇ。
内開きのドアになってるんですね。こちらから見て、玄関の右手がエントランスになっているので仕方がないんでしょう。中を見ると、何重にもとがつながっている様子で、とっても奥行き感を感じさせてくれます。とってもいい設計ですね。
手の込んだステンドグラスになってます。その外側の模様も素敵です。
改めて、玄関から見た室内。スリッパのところには左右に「ホール」と呼ばれる廊下状の部屋があります。廊下の向こう側は「居間」です。私が本日1番の訪問者のようです。貸し切り状態です。テンション上がりまくりで、写真撮りまくりです。途中で、大きなカメラを抱えたお兄さんが一人と、若い大学生ぐらいの女性2人組が来られたぐらいで、とても静かな環境で見学できましたよ。やっぱり朝いちばんはいいですね。
郵便受けです。しっかりとした文字で、バランスの良いデザインですね。
玄関の内側がこのようになっていて...
郵便が来たかは、こちらで確認できます。その横には、中を照らすライトのスイッチですかね。細かい気配りが心憎いばかりです。
「玄関」の天井にある照明の電灯も凝った作りです。
もう、玄関だけでうっとりしてしまいます。中から玄関を見ると、丁寧な作りで、とても重厚な感じが漂っています。
玄関に飾られている駒井夫妻の写真です。駒井先生は「日本のダーウィン」と評され、日本遺伝学会長、東京大学教授、京都大学理学部長、などを歴任し、動物遺伝学や動物分類学などに大きな功績を残した京都大学の名誉教授です。また、昭和天皇に生物学を教授された学者としても有名です。駒井先生はショウジョウバエの研究が有名ですが、「三毛猫はほぼメスしかいない」ことを発見したのも駒井先生です。
静江夫人は、神戸女学院英語科を卒業した、敬虔なクリスチャンです。W.M.ヴォーリズに嫁いだ、一柳満喜子とは神戸女学院の学友でした。駒井先生の米国留学にも同行しています。
その横には、当時の「ホール」の写真が飾られています。
当時の写真と同じようにお花も一緒に飾られています。このあたりのボランティアさんの気配りがいいですね。当時の面影を保存しようとしてくれている気持ちが伝わります。
居間
「玄関」の真正面は「居間」になってます。
東の窓から暖かい日差しが差し込んでいます。日向ぼっこをして座るにはちょうど良い作り付けのソファーですね。静江夫人が座ってちょうどよい高さにヴォーリズが設計したそうです。
「居間」の右手(南側)は「サンルーム」です。
「居間」の西側の壁には、ピアノと「蓄音機」が置かれています。ピアノはドイツの「リトミュラー」製で、駒井先生から静江夫人へのプレゼントだそうです。
きれいに手入れされています。
南側の「サンルーム」です。アメリカン・スパニッシュ様式といわれる3連窓です。実はこの「サンルーム」は、建築当時の色合いとは異なっています。
「居間」と続いているのですが、「居間」の北側は「食堂」になってます。ここで、受付をしていただきます。
「食堂」の全景です。右手の扉から庭に降りられます。「食堂」と「居間」の間は、カーテンで仕切りができるようになっています。でも、「食堂」から「サンルーム」までの広い空間がとても素敵です。
食器棚には昔の写真が飾られています。
時計は残念ながら動いていませんでした。
「食堂」から見た庭と、「居間」。ふんだんに光を取り入れる設計ですね。どこもかしこも窓が大きく、ガラスの面積が広いです。光がよく入ってくると幸せな気持ちになれますね。
和室
洋風建築なのですが、「和室」もあります。玄関から入って右手(南側)は「和室」になっています。静江夫人は着物を召されていたので、着物姿でゆっくりできる和室を作ったそうです。
こちらも明るいです。正面の窓は南向きです。窓の左手にある襖は、隣の「サンルーム」につながっているのですが、「サンルーム」側は戸板となっています。
窓はどれも二重になっていますが、障子を閉めても明るそうです。外側の「上げ下げ窓」とうまく調和したデザインですね。建物の外側から見ても、全然違和感を感じません。
庭の木々がきれいな緑色を呈しています。とっても落ち着きます。春には、この窓から疎水分線沿いの桜がとってもきれいに見えるそうです。家からお花見ができるのは風流でいいですね。
「和室」から見た「ホール」。空間の連続に違和感がありません。とてもうまく設計されている「和洋折衷」です。
階段室
「ホール」の前は、二階に続く階段です。
スイッチのレトロ感がたまらないです。
やわらかいカーブの階段です。この柔らかさが、とっても気に入りました。階段の段差は低めに設定されています。これも、静江夫人が着物を召されていて、大きな段差では不自由であろうと考えられたためだそうです。
ステンドグラスから差し込む、これまた柔らかい黄色。夕焼けの西日が差し込むときに、とってもきれいな色になるとのことです。ぜひとも見てみたいものです。
大きな窓は魅力的ですね。私も家を建てる時に大きな窓を希望したのですが、耐震基準が満たせないということで却下されまくりました。
寝室(ゲストルーム)
今度は2階のお部屋です。
ここは「寝室(ゲストルーム)」です。現在は、駒井夫妻が使われていたものが展示されています。
「鏡台」と椅子。
駒井先生が使っていた道具。昆虫の研究をされていたので、ルーペがたくさんあります。
絵の具や硯など。
卓上ルーペですね。細かい作業をするときにはこれが重宝します。
駒井夫妻の留学時や中国研究旅行のお土産コレクション。
昇降式階段
2階の天井裏は収納庫として使われていました。
「寝室(ゲストルーム)」にある歯車を回すと...
「昇降式」の階段が下りてくる設計です。この階段で、屋根裏に荷物を運びあげました。
2階の「洗面室」です。
書斎
2階の「書斎」です。
色が赤いのは日焼け防止用の「赤いカーテン」がかけられているからです。
この色、とりこになりそうな色です。赤い光は「嫌味な色」になりがちですが、この「赤」はとてもやわらかいイメージです。
「書棚」。赤い世界の中で静かに時を刻んでいます。
駒井先生の机。ここで仕事もされていたんでしょうね。「書斎」の窓からも、疎水分線沿いの桜がきれいに見えます。
主寝室
2回の南東は「主寝室」と「サンルーム」です。
「主寝室」には作り付けの和風のタンスのような引き出しがあります。この部屋は、第2次大戦後の接収時に、色が塗り替えられているので、他の部屋と比べると少々違和感があります。特に窓の桟などが木の色ではないのが目につきます。
「主寝室」から見た庭。ここも緑がきれいです。
2階の「サンルーム」です。もともとは「ベランダ」であったところを「サンルーム」にしたそうです。廊下からだけでなく、駒井先生の書斎からも入れます。建築当時は周りに何もなく、畑は田んぼの広がる田園地帯でした。
サンルームの角。緑がいっぱいで心安らぎます。
こんな部屋ほしいですね。冬は日がなここで過ごしそうですよ。コーヒー淹れてゆっくりとお茶をする。本を読みながら時々うたたねなんて最高です。
小物たち
ヴォーリズの設計でよく見るものなど。
なんといっても、クリスタルのドアノブは定番ですね。ちょっとピンボケでした。近江八幡のヴォーリズ建築でもよく使われていました。現在ではあまり見かけませんけど、こんなにきれいなら、自宅用に欲しいですよ。
照明はどこもデザインがいいです。やっぱり一品ものなのでしょうか。千鳥が飛んでいて、とってもかわいいデザインになってます。
ドアノブには「アメジスト色」のものもあります。この色はパブリックな空間に、クリスタルのものはプライベートな空間に使っているようです。
庭・外観
今度は一回玄関から外に出て、お庭などを拝見します。
門柱のところからまっすぐ進むと、庭になります。
庭のほうから建物を見るととってもきれいです。青空に映えますね。
1階の「サンルーム」から庭に降りる階段です。しっかりとしたレンガ造りです。
庭には、いろいろな木々が植えられており、池があります。
水は流れていませんが、池があります。夫妻はこの池で鯉を飼っていたそうです。
庭の全景がなかなか撮れなかったんですけど、実はボランティアさん達が庭のお手入れをされている時間でした。皆さんとっても楽しそうに活動されていましたよ。家の中に暖炉はないのですが、煙突があり、「食堂」の前には藤棚があります。
温室
母屋以外にも建物があるので、一部紹介します。
母屋からの張り出しの部分は現在事務室として使われているそうです。
庭の北東のところに「温室」があります。駒井先生はアメリカのコロンビア大学留学の帰りに、イギリスのダーウィンの家を見学しています。そこにあった温室はダーウィンが「種の起源」を執筆するための実験をしていたところであり、駒井先生も自宅に「温室」を建てたのでした。
上の写真では「温室」の左手に一部写ってますが、「離れ」があります。ここは米軍の接収時には駒井夫妻が住んでいた建物です。この木造二階建ての「離れ」は母屋と同時に建てられたものではありません。後年、母屋を手がけた大工さんがヴォーリズの設計した母屋と調和するように建てたものです。もともとは書生さんや下宿していた学生さんのための部屋だったそうです。
実は、温室の入り口に「五右衛門風呂」が残されています。第二次世界大戦後、駒井家は進駐軍に将校住宅として接収されてしまいます。その期間、駒井夫妻は離れに住み、この五右衛門風呂に入っていたそうです。私の祖父母の家も「五右衛門風呂」でした。とっても懐かしいですよ。底に木の板があるのがわかりますか。この木の板が浮いてくるのですが、ひっくり返さないように、そ~っと乗って沈めながら浴槽につかります。浴槽は直火で下からお湯を温めるので、そのまま入っては火傷をしてしまいます。底板があっても、鉄釜の側面も下のほうはとっても熱いので、触ってはいけません。
温室の中は、パネル展示がされており、ゆっくりと休憩のできるスペースとなっています。当然ながら、とってもあったかいです。駒井先生の生涯や業績が書かれています。
「温室」から見た母屋。
「温室」の張り出し棚。ここでゆっくりコーヒーをいただくというのもいいですね。
ここに座って、ぼーっとしてると、ほんとに幸せです。自分の家にもこんなスペースが欲しいです。駒井先生の研究のための温室なので、昆虫や植物のためのものなのでしょうが、もったいないです。
下から見た、元バルコニーであった2階の「サンルーム」。ほんとに至福の空間です。
人により、「家」に求めるものは様々ですね。仕事の都合で各地を転々としなければならない人。仕事から帰ると寝るだけの場所の人。都会から隔絶した自然の中を好む人。都会の真中の便利さを享受したい人。
ヴォーリズのデザインもさながら、この駒井家住宅には「ここに帰ってきたい。」と思わせる、「ゆったり感」と「包み込むような優しさ」が感じられます。
私はやはり、緑の庭と、差し込む光がほっこりさせてくれる部屋のある家がいいですね。休日は家でのんびりと心身ともに回復できる環境が欲しいです。そういう点では、駒井家住宅は私の理想です。これだけの広さに、飽きの来ないデザインの家。そして、各部にみられるつくりの良さと、住む人の生活を考えた心づかいの数々。訪問してみてよかったです。自分が「家」に求めているものが何かということを再認識させてくれました。
昭和初期の洋館として公開されている数少ない建築です。W.M.ヴォーリスの建築思想がよくわかる建物であり、日本人が、ほっとできる空間が巧みに作られています。京都観光の時にはぜひ訪れてほしい文化財です。特に、今から「家」を建てようと考えている方にはぜひとも見学していただきたいと思います。
アクセス
- 京都市バス「伊織町」下車、徒歩2分