薩長同盟
以前、東洞院錦にある「薩摩屋敷之址」の石碑を紹介しました。
薩摩屋敷之址,西郷どん,坂本龍馬
今回紹介するのは、その「薩摩屋敷之址」の次に「薩摩藩邸」が置かれた、「二本松屋敷跡」の石碑です。
場所は「烏丸通り」の今出川上がるにある「同志社大学今出川キャンパス」前です。
昔この辺りは「二本松」と呼ばれていたそうです。幕末期,東洞院錦の「薩摩藩邸」は文久4年(1864年)の「蛤御門の変」で焼失してしまい、その後は、文久3年(1863年)に新しく設けられた、ここ「二本松屋敷」が政治拠点となります。
「二本松屋敷」の駒札です。
幕末日本の大きな転換期となった「薩長同盟締結」の秘密会談は、この「二本松屋敷」の薩摩藩邸で始まりましたが、後にこの藩邸の石碑から数百メートル北の「小松帯刀(こまつたてわき)」 邸内(御花畑屋敷跡)に会談場所が移され、そこで慶応2年(1866年)「薩長同盟」が締結されることとなります。
史料発見される
小松帯刀(こまつたてわき)邸で坂本竜馬を介して薩摩藩の西郷隆盛、大久保利通らと長州藩の木戸貫治(孝允)らが結んだ薩長同盟...
「二本松屋敷」は明治維新後、会津藩士「山本覚馬(やまもとかくま)」の所有となっていました。「覚馬」はキリスト教の信仰に目覚め、「新島襄(にいじまじょう)」の「同志社大学」建設の構想に理解を示し、格安でこの地を譲り渡したそうです。
現在この地は「同志社大学今出川キャンパス」となって、たくさんの学生さんたちがキャンパスライフをおう歌しています。
アクセス
- 京都市バス「烏丸今出川」下車、徒歩3分