下鴨神社にお詣りしよう
今回は道標の紹介です。
賀茂川の土手沿いを走っている道を「賀茂街道」というのですが、「鞍馬口通り」と交差する「出雲路橋」のたもとに、大きな石票があります。
「官幣大社 賀茂御祖神社」と刻まれた道標です。もちろん「賀茂御祖神社」とは、みなさんご存知の「下鴨神社」のことです。この道標から「出雲路橋」を渡って東に向かって歩いていくと、ちょうど「下鴨神社」の西の入り口に到達します。
「下鴨神社」は「糺の森」まで含めると、南北に非常に長い敷地なのですが、「下鴨神社」そのものは、敷地の一番北の方に鎮座しているので、「葵公園」からではなく、「鞍馬口通り」を通っていくと、けっこうショートカットした感じで本殿に到達できます。
「出雲路橋西詰」の交差点です。青信号側が「賀茂街道」で横に走っているのが「鞍馬口通り」です。「出雲路橋」は画像の左手にあります。「出雲路橋」を超えると、「鞍馬口通り」は「東鞍馬口通り」と名前を変えます。
「賀茂街道」は「賀茂川」の堤防なので回りよりも高くなってます。自転車を押す人も大変そうですね。
これが「官幣大社 賀茂御祖神社」の道標です。全体的に黒っぽいので、車で走っていると見落としそうですね。
この彫りの深い男らしい文字。ほれぼれとしますね。この字は存在感満点です。
「大正四年十一月建之」と刻まれています。なにを隠そう、これは大正天皇の「御大典」の年月と一致しますね。その時に建立されたものでしょう。逆光でしたので、画像に補正をかけて輝度をあげました。それでもまだ見にくいですね。「下賀茂社へ五町」と刻まれた面の画像は残念ながらピンボケでダメダメでした。
この石票が建てられた大正4年は「御大典」が11月10日に京都御苑で行われました。「御大典」では新天皇の即位を国の内外に宣言する「即位式」と、その年の新穀を新天皇が神に捧げ、新天皇自らも食す祭儀である「大嘗祭(だいじょうさい)」の二つの儀礼が行われます。
明治時代の後半には道路拡張事業、第2疎水・水道事業、電気鉄道建設事業がほぼ完成し、近代的な都市基盤が整備された京都では、大正3年(1914年)に参戦した第一次世界大戦の特需景気湧いていたこともあり、一種異様な興奮状態で「御大典」が執り行われたようです。
秋篠宮様の「即位礼正殿の儀」は10月22日に行われ、「大嘗祭」は11月14日、15日に渡って執り行われるようです。とても興味深く、楽しみに思っています。
アクセス
- 京都市バス「出雲路橋」下車、すぐ