坂本城 本丸
NHK大河ドラマ「麒麟がくる」、やっと始まりましたね。さて、視聴率はいかほどだったのでしょうか。私? 見ましたよ「ポツンと一軒家」。で、そのあと録画で「麒麟がくる」見ました。「ポッツン」はなかなかやめられないですよ...どっちを録画しようかと迷たのですが、「ポッツン」録画しても仕方ないので、「麒麟」の方を録画しました。
で、なんか、「すんごい!」って言うほどのこともなく、「まあ、こんなもんか。」という感じです。光秀、さっぱりしていていいですね。これからの人間関係や葛藤などどのようになって行くのか楽しみです。
さて、先週「麒麟がくる」にちなんで、「坂本城址公園」と「坂本城跡石票」を紹介しましたが、その近所にまだ明智家関連の旧跡があります。
「坂本城址公園」の前の県道558号線を北に向かって歩くと右手にきれいな建物が見えてきます。(株)キーエンス研修所さんの研修所なのですが、ここが「坂本城」の本丸の跡になるんですね。で、その前の県道沿いに石碑があります。
これ。赤の御影石なんですけど、むっちゃ読みにくいです。
坂本城本丸跡
坂本城は、元亀2年(1571年)織田信長による山門(延暦寺)焼き討ちの後、明智光秀により東南寺川河口に築かれた水城としてよく知られている。天正14年(1586年)大津城築城までの間栄えた城であり、当地の発掘調査ではじめて、坂本城本丸の石垣や石組井戸・礎石建物等が発見された。大津市教育委員会
間違ってたらごめんなさい。
ほんでもって、その北隣にはガソリンスタンド(ENEOS阪本SS)があるんですけど、その斜め向かいに旧跡があります。
県道を渡ろうと思ったんですけど、車がひっきりなしに来るのでなかなか渡れません。右を見ても左を見ても交差点や横断歩道は見えませんし、仕方なく数分待ちました。
なんかね、見落としそうですよ。普通のおうちの入り口にしか見えませんでしたし。灯籠横の説明書きが無かったら、付近をうろうろとうろつき回ってたことでしょう。
ここが「明智塚」と呼ばれる史跡です。
明智塚
この地は明智光秀の坂本城の城内であると推定されている 塚の由来に就いては坂本城落城の際に光秀の脇差名刀の郷義弘並宝器物を埋めた跡であり明智一族の墓所であると傳へられている 明智族の悲運もあって鎮魂のため 毎年六月十五日祭記
平成十四年十一月
地主 村田
とのことで、地主の村田さんが塚をきれいに整備されているようです。
ちょっと、お参りさせていただきましょうか。
確かに塚ですね。手入れが良く行き届いており、お花も供えられています。個人で維持していくというのは大変なことでしょう。大河ドラマに関係なく、これからも「坂本城」の跡として永く残していただきたいです。
アクセス
- 京阪石山坂本線「松ノ馬場駅」下車、徒歩20分