蛸薬師の神社
今回は「四条堀川」に近い「龍田稲荷神社」に行きましょう。
「龍田稲荷神社」のご由緒は不明です。現在、神社がある場所に元和元年(1615年)「藤堂高虎」が「伊勢津藩邸」としてこの地に京屋敷を構え、明治3年(1870年)まで存続しました。ここでは本筋と離れるので詳しく書きませんが「藤堂高虎」はとっても魅力的で面白い人物なので、NHKの大河ドラマにはうってつけだと思うのですが、どうでしょうかね。時間がある方はWikipediaだけでも見てみてください。面白いですよ。
「伊勢津藩邸」内に祀られていた「藤堂稲荷(民部稲荷)大明神」が藩邸廃止後に残り、亀屋町にあった「龍田稲荷大明神」と、坊門四条町にあった「御福稲荷大明神」を合祀し、現在の「龍田稲荷神社」となったそうです。その他の詳しいことはわかりません。
私は、JR嵯峨野線「二条駅」から三条商店街のアーケードを通って歩いてきました。上の画像は「三条商店街」の堀川通の出入り口のところです。ここから一本南側の「蛸薬師通り」に向かいます。
「堀川高校」の北の端です。「蛸薬師(たこやくし)通り」です。堀川から東に向かって歩きます。「蛸薬師通り」は名前の由来も面白いですが、場所によって雰囲気がガラッと変わる通りなので歩くと面白いです。
と、「堀川高校」の敷地の隣が目的地ですね。見えてきましたよ。
「龍田稲荷神社」です。
一の鳥居には「稲荷神社」とのみ示されています。
中に入りましょう。
立派な「稲荷神社」の碑があります。
お社です。防火用水のバケツが両側にキチっと置かれていますね。
上の画像では、ちょっと神額が見えにくいのですが、「龍田稲荷大明神」「民部稲荷大明神」「御福稲荷大明神」が祀られています。
そっと中をのぞくと、狐さんが見えますね。
「本殿」と斜めに向かい合うようにして、もう一つお社があります。「本殿」は北向き、このお社は南東向きです。
「大辨財天」です。
「大辨財尊天」の神額です。
「大辨財尊天」の方向がなぜ南東向きなのか不明です。
もう一つ不思議なことに、狐さんがいらっしゃいません。台座だけですよ。
ご神灯の灯籠には「民部稲荷大明神」と刻まれていますね。
京都市内は開発が進んで、小さな神社は存続がなかなか困難になってきています。そうすると、合祀という形で複数の神社を同じ境内やお社にお祭りすることになってきます。氏子さんが減ってくると致し方ないですね。
アクセス
- 京都市バス「四条堀川」下車、徒歩7分