阿刀神社 味饒田命

昔は嵯峨野のはずれ

今回は「嵯峨野」の方ですよ。「新丸太町通り」にある「ケーヨーD2」の近くにある「阿刀(あと)神社」です。

「阿刀神社」はその名の通り、古代の氏族「阿刀氏」の神社です。「阿刀氏」は、延暦13年(794年)の「平安京遷都」の時に、河内国渋川郡跡部(あとべ:大阪府八尾市)から山城国に移り、その際に祖神の「味饒田命(うましにぎたのみこと)」も一緒に遷座したそうです。「阿刀氏」は国家の祭祀を預かった一族です。

「阿刀氏」は「物部(もののべ)氏」の支族であることから、「石上(いわがみ)氏」と同祖であり明治時代には「石上氏」の祖神を祀る祠もあったそうです。「阿刀家」は弘法大師空海の母方の叔父(阿刀大足:あとのおおたり)であり、そして近世の嵯峨文化を育てた「角倉了以」の家も「清原国賢」の家も「阿刀家」と親族だったそうです。

では「阿刀神社」に行ってみましょう。

阿刀神社 No2

「新丸太町通り」を西に向かって歩いていると、もうすぐ「ケーヨーD2」というところで、駐車場と駐車場の間に「阿刀神社」の石柱が立っています。道の南側の歩道です。

阿刀神社 No3

立派な「阿刀神社」の石柱ですが、その参詣道の狭いこと。人一人すれ違うのが精一杯という感じです。

阿刀神社 No4

この先に、ほんまに神社があるんかいな? と、ちょっと不安になりますが、行ってみましょう。

阿刀神社 No5

どんどん歩くと、道が右に曲がっています。

阿刀神社 No6

まだまだ行くとやっと見えました。昔はこの周りは田んぼや畑だったんでしょうね。現在は住宅と駐車場に囲まれています。

阿刀神社 No7

この一角だけは静かで落ち着きます。木々がある風景は良いですね。

阿刀神社 No8

立派な鳥居ですよ。

阿刀神社 No9

正面にお社があります。

阿刀神社 No10

鳥居の後ろにも石柱が建っています。

阿刀神社 No11

小さなお社ですが、手前の御神木は太いですね。

阿刀神社 No12

平安遷都の時から嵯峨野を見てきた神様です。ここ数十年で一挙に環境が変わって神様もびっくりでしょう。

阿刀神社 No13

昔は、このあたりから東側を「嵯峨野」と言っていました。現代でこそ、ここより西の嵐山が観光地となり、また「新丸太町通り」沿いを中心として住宅地が展開していますが、昭和40年代には田んぼと畑ばっかりの田舎の原風景が見られたところです。「阿刀神社」も社殿はもう少し北西にあって、ここは「本宮の森」と呼ばれていたそうですから、この地は森と田畑の自然豊かなところであったことでしょう。現在の駐車場に囲まれた細い細い参詣道も森の中の静かな小径であったこと思われます。

アクセス

  • 京都市バス「広沢御所ノ内町」下車、徒歩2分

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